新散財日記

鉄・海・空・・・乗り物まみれの日々です。 プラレールもあるでよ・・・・と。

 
1
3
4
5
7
8
10
11
13
15
16
17
18
19
21
23
24
25
26
27
28
29
30
06


ジャカ鉄りま! しょの4の2 と5

電車区の見学を終えアイスも食べたので、後は”おれおれ”を買いに鉄グッツショップに行きます。
雑誌も欲しかったのでデポックバル駅の本店に行こうかと思いましたが日曜定休でしょんぼり。

ならば、マンガライ駅のショップに行きましょう・・・・とデポック駅から電車に乗ってマンガライ駅に移動。
改札を出てショップに行くと「あれ?閉まっている・・・・」
パクアン急行様が中に入って聞くと、なんとグッツショップは近々行われる急行ホーム建設の為
店じまいとなってしまったの事です。ショック!
翌日早朝にはジャカルタを発つので、もうグッツを買う機会がなくなってしまいました・・・・

そんな訳で今回は”おれおれ”を購入する事が出来ませんでした。申し訳ないです。
私自身が一番しょんぼりですがな。

夕方出庫の運用に103系が入らないかと淡い期待を持って再びマンガライ駅。
a-IMG_1637.jpg
東急8000系

a-IMG_1687_2014100522471344a.jpg
この203系、6M2Tなんですよ。8連なのにパンタが3つあります。
サハが不調でユニットを組み込んだのだそうですが、サハが不調って意味が判りません(笑)
そんな訳でJR時代には見られなかった0番台の編成に100番台のユニットが組み込まれている図です。
サイド気味に撮れて良かったです。

a-IMG_1823_201410052247133c2.jpg
環状線での脱線事故の傷跡も痛々しい東葉高速車1060F
自慢の額縁を大きく損傷しましたが、それ以外は問題なかったのでスグに運用復帰。
早く治してあげて下さいませ。

a-IMG_2049.jpg
子供レールスターが頻繁に行き交います(笑)
いいなぁ・・・・私も乗りたいです。

a-IMG_1934.jpg
結局、103系は出庫して来ず試合終了。
残念無念です。

さて、ジャカルタ・ラストナイトと言うことでパクアン急行様と最後の晩餐に。
a-IMG_2134_20141005224739e85.jpg
「俺の餃子」最高です。本格中華が餃子の王将並みの値段で満喫できますからねぇ。
幸せです。帰りたくないですw

その後、パクアン急行様は無事に205系の回送を仕留める事が出来たそうで、本当にお疲れ様でした。
”おれおれ”買えなかったのでコンビニで無駄使い(笑)アホみたいに買い込みましたよw
a-IMG_2144_20141005224741eaf.jpg
炭酸モノが少ないインドネシアのコンビニで一番美味しかったのが、写真のカルピスソーダ。
海外仕様なので微妙に名前が変わっています。

朝5時に起床。6時過ぎにはホテルを出ないと間に合わないので毎回、朝は慌しいです。
a-IMG_2183.jpg
もう環状線の電車が走っていました。後方の踏み切りの電車の位置と人の位置関係がネシアっぽいです(笑)


空港までタ行くのでタクシー呼んでくれ・・・と言うと「××万なら車出しますよ」
a-IMG_2186_20141005224744ce8.jpg
このエルフのワゴンに乗せてくれるのかと思ってワクテカしたら・・・・
a-IMG_2187.jpg
コレでした(笑)
「マス!リマよ、リマ」「ヤ!」
まず5人乗せてガンガンにトランク詰め込んで雑技団みたいになって出発!
a-IMG_2189_20141005225329386.jpg
街を走っていると前をニワトリを一杯載せたバイクが。朝採れ新鮮アヤム・・・・

高速をとガンガン走る車。空港近くでいつもターミナルを聞いてくるのに、今日はターミナル2に直行。
ドヤ顔で荷物を降ろそうとするので「ます!ターミナルてぃがよ、てぃが!」
あ・・・・と慌てて発車。ワシら貧乏人だから国際線ターミナルじゃ無いんですよ(笑)

ターミナル3に着いて荷物を降ろし、搭乗手続きへ。
ターミナルビル入り口でセキュリティーが「航空券とパスポート」
へいへい・・・・と背負っていた鞄から航空券だしてパスポートと一緒に渡すと「OK」
後はカウンターに行って手続きして・・・とトボトボ歩いていたらミーナ氏がトランク持って来て
「これ、茶さんのトランクですよね?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うおっ!全く頭からトランクの事が消えていました(笑)
ミーナ氏には感謝感謝でございますw

手続き終わってお土産物屋さんで小銭使い切って搭乗。
アナーキー君が半額のリュックを気に入って購入していましたが、結構良い感じの品で
あれで3300円ならお得です。早速荷物を入れ替えて、最後にようやく旅行者っぽくなっていましたw
a-IMG_2219_201410052253308e1.jpg
ちょっと撮影タイム。ガラスを綺麗にして欲しいですねぇ・・・・

クアラルンプールの滑走路が増えたのが効いたのかほぼ定時で到着のアナウンス。
こちらも搭乗ゲートに並んで待っていると、目の前をガルーダの復刻塗装がテイクオフ。
a-IMG_2239.jpg
ラッキー♪

今回は初めてランプバスで移動。乗って100mもしないうちに止まって降車。
こんなんだったら、歩かさせて貰ったほうが楽でした(笑)

上がりもいつもと逆ランでテイクオフ
a-IMG_2254_2014100522533202a.jpg
2年前に運航停止したバタヴィア航空の機体が未だ並んでいました。

a-IMG_2255.jpg
なにやら色々気になる機体が見えます。
どなたか語って下さい。


(寝ていたので)あっという間にクアラルンプール着。
また延々と長いターミナルをずるずると歩きます。

a-IMG_2271.jpg
一瞬、mixiかと思っちゃいました(笑)

a-IMG_2284.jpg
連絡橋からこんな感じで撮る事が可能です。
歩きながら撮っただけですので、次回はじっくり撮ってみたいです。

a-IMG_2292.jpg
チキンライス食べて羽田行きに搭乗。ま~た、遠いスポットで疲れました(笑)

a-IMG_2302_201410052303477d6.jpg
(寝ていたので)あっという間に羽田着。
イマムー氏は翌日、福岡経由で韓国に行くのだとか。タフですねぇ・・・

予定とは大きく異なってしまった今回のジャカ鉄ですが、お陰さまでディープで楽しい時間を
体力が無くなるまで楽しむことが出来ました。
こんな濃密な時間を過ごす事が出来たのもパクアン急行様とアダム様の御尽力のお陰だと心より感謝いたします。
本当にありがとうございました!
スポンサーサイト


Comments

語りましょう
はじめまして。
RitaRiyantoと申します。
最近読者になりました。

15枚目の写真に語って下さいとの事。
少し語りましょう。

その昔、と言っても1990年台ですが、定期運送を行う航空会社は、
インドネシアには4社しかありませんでした。
Garuda Indonesia、Merpati Nusantara、Mandala、Bouraqの4社です。
その後、2000年台になり航空自由化が始まり、おびただしい数の
航空会社が設立され、そのほとんどが消えてしまいました。
2004年から2006年頃が、一番面白い時代だったと思います。

その淘汰の過程において、上記レガシー4社の内、Garuda Indonesiaを
除く3社も消えてしまいました。
この写真には、その昔を思い出させる機体たちが写っています。

(1)
写真内の後列右端、尾翼にBの文字が見えるのは、消えたレガシーの1社で
あるBouraqのB737-200です。
手前から2機目も同じですね。
1990年台始め頃はジェット機の保有はGaruda Indonesiaのみに認められ、
他の3社はプロペラ機しか持てませんでした。
その後、少しずつ自由化が進み、Bouraqもジェット機を持つ事が許され、
手にしたのが写真のB737-200です。
その時既に時代遅れだった-200ですが、ものすごく誇らしげでした。

ちなみにBouraqとは、辞書を引くと「羽のある馬 / イスラム教由来」と
出て来ますが、航空会社名以外でこの単語を目にした事はありません。

(2)
続いて、後列右から2機目と3機目は、Bouraqの子会社であるBali Airの
HS748です。
Bouraqはジェット機を手にした後も、滑走路が貧弱な島嶼部の路線を
維持するためにHS748を飛ばしていました。
後に子会社のBali Airを設立し、地方路線を機体ごと移管しました。
その時、塗装をBali Airに変更したものがこの写真に写っている機体です。
親会社のBouraqが倒産するのと同時に、Bali Airも消えてしまいました。
Bali AirのHS748はジャカルタ発の路線を持っていなかったので、
ジャカルタで目にする事はありませんでした。
会社が倒産した際、機体がジャカルタに集められ、そのまま墓場行きに
なりました。

(3)
そして後列左端は、Merpati NusantaraのF28-4000です。
この時代のMerpatiはGarudaの子会社で、Garudaが国際線と国内線の幹線を、
Merpatiが地方路線を運航するという役割分担がなされていました。
Merpatiも当初はプロペラ機しか持てませんでしたが、ジェット自由化の際、
親会社のGarudaから機体を移管されました。
それをMerpati塗装にしたのが写真の機体です。

インドネシアの大手の航空会社は、レジの最初の1文字を占有しています。
例えば、GarudaのレジはPK-G**、MerpatiはPK-M**といった具合です。
しかしこのF28は、Merpatiに移管された後も数機がPK-G**レジのままで
飛んでいました。

そのMerpatiも時代の波に流され倒産してしまいました。
インドネシアは東半分が貧しい状態にあり、航空会社が路線を開設
したがらない地域です。
その東部地域の諸島間のフライトを担っていたため、Merpatiが倒産すると
その代替フライトの確保が困難になるため、最後は政府が救ってくれるだろう
との期待があったようです。
しかし最終的には、本来プロペラ機を運航する気の無かったGarudaに
ATR-72を運航する部門を作らせ、それが軌道に乗った後Merpatiは
見放されてしまい、消えてしまいました。

ちなみに、Merpatiとは鳩を意味します。

(4)
手前から3機目の機体は、塗装が見えないので航空会社の判別がつきませんが、
機種はF28です。
F28-3000とF28-4000の可能性がありますが、この角度からは判別が付きません。

(5)
最後に、一番手前の機体はGaruda CitilinkのF28-3000です。
何度もインドネシアに訪問されている茶さんなら、Citilinkとは多くの
A320を運行するGaruda系列のLCCと認識されていると思います。
今のCitilinkはGarudaの青系塗装を緑系に変更した塗装をまとっていますが、
それは3代目の塗装で、写真の機体が初代の塗装になります。

今でこそCitilinkはLCCですが、登場した時にはまだLCCの概念が無く、
Garudaよりちょっと安いという位置づけの航空会社で、今のLCCほどには
安くはありませんでした。
当時はどの航空会社も紙のチケットを発行していましたが、Citilinkは
プラスチックの簡易な航空券を発行し、ちょっと進んだイメージのある
会社でした。

しかし、放漫経営のためGaruda本体が傾き、新鋭の機体をどんどん手放す
事態に陥り、格安部門のCitilinkも鳴かず飛ばずの時代が続いたものです。
その後、先代の社長時代に会社が持ち直し、Citilinkも時代の流れに応じて
LCC化し、大成功を納めています。
隔世の感ですね。
今ではCitilinkは分社化されています。

写真の機体はF28-3000ですので、Citilinkの最初機の機体です。
私自身、Citilinkは-4000なら写真も撮っているのですが、
-3000は見る事すらかなわず、当然写真もありません。
このエリアにCitilinkのF28がいるのは知っていましたが、まさか-3000だったとは。
茶さんのブログで初めて知った次第です。

と、そんなところです。
では、また。
Re: 語りましょう
RitaRiyantoさま:
 はじめまして。コメントありがとうございます。
 まさか詳細な説明を頂ける日が来るとは思いませんでしたので感謝感激です。
 Bouraqは2005年まで運行していたんですね。
 あの墓場を見る度に「せっかく色々な機体が有るのでバタビアも混ぜて展示スペースにすればいいのに・・」とか思っています(笑)
 しかしスカルノハッタは用廃の機体が多すぎますね。その辺もインドネシアマインドなのでしょうか?
 頂いたコメントを何度も読み返して勉強しております。
 また是非、語って頂ければ幸いです。
 貴重なお話ありがとうございました!

Leave a Comment


Body

FC2カウンター
月別アーカイブ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
ブロとも申請フォーム
電車がゆく ver.01
映画DVDファッション雑誌無料ブログパーツ
プロフィール

茶

  • Author:茶
  • 新散財日記へようこそ!
 
ブログ内検索