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新散財日記

鉄・海・空・・・乗り物まみれの日々です。 プラレールもあるでよ・・・・と。

 
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時間と記憶

3月11日が今年もまたやって来ました。
あの時間に黙祷すると共に、今一度考え直してみました。

当然、過ごした人生が違えばそれぞれが感じる所も違う訳でして。
7年と言う月日は、やはりそれだけの長さを持つものだと感じます。

最近入社して来た若手で九州等の出身者は「そう言えば中坊の頃にテレビで騒いでましたねぇ」
おぢちゃん、働いていたし大変な目に遭ったし・・・・とは思っても、それは自分も通って来た道
自分は自分の考えで今日と言う日を過ごしていました。

最近は職場から歩いて帰ってみたり・・・・と色々とやっていますが
別にそんな物が何かの役に立つとは思っていません。取敢えず目安みたいなもんでしょうか。

まだ避難生活が続いている方がいらっしゃる事に心よりお見舞い申しげます。
オリンピックにお金を使っている場合なのかなぁ?・・・・と疑問にも思う今日の頃です。

当時、色々な方から当日の体験談を投稿して頂きました。
毎年読み返して、あの日の記憶を蘇らせています。

何人かの体験談を記します。

M様:
 あの日私は仕事で茨城の北の果て…あともう僅かで福島県という所まで行ってました、
 朝のスーパーひたちで水戸からレンタに乗り換え現場周り、運良く午前中で用事終わったので「昼でも食って帰りましょう」と言う事で
 そこらの海鮮料理屋で昼飯、飯食い終わって店を出たのが12時半過ぎ、常磐道を普通に戻って水戸でレンタ満タン返ししたのが 13時半過ぎ、駅に上がったらすぐ特急があるので何だか早く帰りたかった私は
 「すぐ帰ります」と営業と分かれて特急に、車内で椅子を倒して寝コケてたらいつの間にかフレッシュひたちはどうやら柏駅に着い たみたいです。
 そしたら…何だか椅子ががたがた揺れるんです、後ろのオヤジが椅子の背のテーブル出して何かやってるんだと思った私は
 少し我慢してましたが、オヤジの椅子揺らしは一向に収まる気配も無い、「しつこいオヤジだな」と思ったのですが何だか
 揺れてるのは椅子だけじゃなくて電車も揺れてるみたい、それも電車がぴょんぴょん跳ねてるんです、
 「何でもう停まってる電車が揺れてるんだろ?それも跳ねるっておかしくねぇ?」と外をよーく見るとそこらが全部揺れてます!
 そこで初めて地震である事気付きました、最初は車内でじっとしてたのですがその後「駅の外に出て下さい」と外に追い出されてしまいました。
 ちょうどその時2回目のが来て、そこらがもうみしみし言ってるし駅の天井や看板は一部外れてるしで初めて地震で恐いと思いましたよ。
 その後もうJRはダメっぽいけど何とか家に帰りたかった私は駅前交番の警官に「取り敢えず東京方面に行きたいんですけど」
 と聞いてみたら、「それなら6号線ですね」との事で東京目指して6号線を歩き始めたのが17時頃。
 最初は元気だった私も松戸を過ぎる当たりから徐々に疲れてきて、都内に入った頃にはかなりへばり気味に…
 それでも歩かない事には始まらないのでひたすら歩き続けました。
 この頃は都心から歩いて帰ってくる人の数が凄かったですね。
 歩いて歩いて隅田川に掛かる言問橋を渡って浅草に着いたのは22時過ぎ。
 ちょうどその頃都営浅草線が動き出したとの事で「それなら西馬込まで行ってそこからまた歩こう」と思った私は
 浅草線乗り場を目指しましたが、動いているのは浅草橋からだったみたいで仕方なくまた歩き始め…
 携帯で調べてたらメトロの銀座線は浅草から動いているみたいなので速攻浅草に戻って銀座線に乗り込みました。
 銀座線で新橋まで行って新橋で都営に乗り換えて西馬込に着いたら、「東急線が動き出しました」とのアナウンスで「東横線で横浜まで行ければ全然助かる」と思った私はそのまま新橋まで逆戻り。
 また銀座線に乗り換えて渋谷駅に、渋谷駅では降り口間違えて井の頭線の方に出てしまいましたが、乗り場の行列凄かったですね!
 数百mはあったんじゃないでしょうか?
 当然東横線改札も凄い人の波だったのですが入場開始したらすぐに中に入れてすぐ電車に乗れました。
 東横線車内の携帯チェックで横浜市営地下鉄が動いている事を確認して横浜で地下鉄に乗り換え私の家に一番近くの駅まで、 そこから最後の歩きですが最後はもう足を引きずる様な感じで漸く家に着いたのは明け方の4時過ぎでした。

 とにかく疲れたけど帰宅出来ただけ良かったです。後にして思えば何だか訳分からないけど早く帰りたかった事、
 昼飯をしっかり食ってあった事、私の体調も良かった事、天気も良くて暑くもなかった事とラッキーな事が揃ったお陰で帰れたんだなぁと、どれか一つでも欠けてたらどうなっちゃってたんだろ?と考えるのも恐ろしいです。


Hさん:
 新宿三丁目近くの3Fで仕事中でした。
 比較的新しいビルですが、免震でなく耐震なだからか、フェリーみたいな
 変な揺れで、そのくせ長くて大きいので、自宅大丈夫だろかとボンヤリ
 思っていました。天井と壁面のつなぎ目部分はギシギシ音立ててるし、
 書棚からカタログ3冊くらい落ちたりしてたんですが、何故か倒壊はしないだろという変な確信があって、(ただ危機感がないだけかも)電話に
 出ながら机の下に潜ってみたのですが、相手先(04始まり)も揺れてた様で、
 混線のうちに切断。
 結局一時外に出たのですが、エレベーターストップ、外階段は中から外のみの一通のため、ロックされたまま締め出し。
 そのまま2度目がやってきました。仕方がないのでまとまって御苑に避難。
 羽田で降りられなかったとみられるANAが、ありえない高度で頭上を2回通過。
 かなりの人が御苑に来ていました。
 16時ごろに寒くて一度ビルに戻ってみたところ、管理会社がカギ持って現れたので、事務所へ戻りあとは何となく定時まで仕事してました。
 ネットで自宅までの地図確認したら、歩けない数字が表示されたので、
 サッサと諦め、電車回復したら帰ろう~と情報確認して終夜運転が発表されたところで、「じゃ!」と2時に新宿出て3時半には家着きました。
 家の方も大した被害はなく、たんすの上に置いていたデジイチも無事で一安心でした。


Kさん:
 三重県でも大きく揺れました。こんなに遠く離れているのにあんなに揺れるとは驚きです。

 TV会議に出席に出席していた同僚談 「突然、栃木事業所の画面が揺れて、映っていた課長が叫びながら画面から消えた。
 どうやら机の下にもぐったよう。地震かなと思っていたら、1分ぐらいたってから、こっちも揺れだした。」

 1・17を思いだして、本当に怖い思いをしました。



他にも一杯頂いたのですがまたの機会に。

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