買い物して日比谷線に乗り換えて所用へと向かうためです。
総武線で感じていた違和感を駅に降りて理解しました。
日曜日のお昼なのにとても空いています。
しかもコンコースに警官の姿がアチコチに。
丁度、あの忌まわしい事件から一週間経ち、時間も同じ12時半に近づきつつありました。
改札抜けて、あの交差点を渡る頃には殆ど全くと言って良いほど同時刻となります。
さすがに、あの交差点を抜けるのは気が引けるのでガード下の横断歩道を渡り
ショップへ行きましたが、一週間違っていただけで時間は同じ。
もし、あの件が今日だったら・・・と思うと考えずには居られません。
有名なお店なのですが売り場にはお客が1人しかおらず、いつもの混雑ぶりが
嘘の様でした。
あの交差点を渡って帰れば駅は近いのですが、献花台付近には大勢の人がいましたし
物見遊山的な気分は無かったので敢えて遠くから手を合わせて失礼をさせて頂きました。
もう秋葉原に通ってそれこそ20年以上な訳ですからこの街の変遷も見てきましたし
それが好むと好まざるとに関わらず今に至るわけですが
この街がこの様な事でクローズアップされてしまうのは何ともやり切れません。
通りには沢山のパトカーと公安のであろう車がギッシリ。
テレビの中継車も一杯いました。
歩道では警察手帳を見せながら先週の状況を聞いたり、目撃者を捜す光景が
繰り広げられていました。
私の前後の人も警官に「先週の事でお聞きしたいのですが・・」と
言われていましたが私はスルーでした。
テレビ局のレポーターも各局出ていて話を聞いていました。
何かのアニメの衣装を着た男性が熱く語っていましたが
多分、写りたい人と「絵が欲しい」TV局の需要と供給がマッチした感じで
ちょっと嫌な感じでした(すみません)
カメラを持っていたので記録しようかどうか考えたのですが、私の出る幕でもないし
多くの方がきっと記録し、(方向性がどうあれ)公開してくれるでしょうから
やめておきました。
一枚だけ「ガラガラのメインストリートと歩道」を撮しておきました。

休日の12時半の秋葉原でこんな光景を見たのは初めてですし、最後であって欲しいですね。
時間頃、各ショップの店員さんも表に出てきて手を合わせる姿がアチコチでみられました。
人間は死ぬために生まれてきた・・・といつも思っています。
いつか必ず訪れる人生の終焉。
「長い人生」と言われる「短い時間」の中でどれだけ一生懸命生きるかを
問われているんだと考えています。
そんな貴重な時間を何の関係もない人間の身勝手な考えで奪われたくなんかありませんよね。
無くなった方々の無念さを思うと言葉にもなりません。
合掌。
その後、用事を済ませ今度は広尾に出て法事へ。
お寺の境内に猫が居ました。

今日いた猫はとても大きいのですが耳が有りません。
ケンカでもしたのでしょうか?
猫だって必死に生きているんですよ。
居場所が無いからって他人巻き込んで、自分だけ生き残らないで欲しいです。
自分だけが特別辛いだなんて間違っても考えるな・・・と。
色々考えながら家に帰ると「平成20年岩手・宮城内陸地震」でお亡くなりになられた方の
お名前の中に岸由一郎さんのお名前を見つけて驚きました。
交通博物館でお姿を良く拝見していただけに言葉を失いました。
こちらもただただ・・・
合掌。























